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猪瀬直樹とは何か

 猪瀬が後出しジャンケンで出馬表明した。慎太郎からの後継指名を受け自公の支持をとりつけての出馬だ。ただし、自民党都議連と猪瀬は対立関係にあり選挙では動かないだろう。

 石原都政の前半は慎太郎の用心棒の浜渦が副知事だった。浜渦は慎太郎の学生時代からの友人で彼の数少ない子分(用心棒)。議会の反対にも関わらず無理無理浜渦を慎太郎は副知事にねじこんだ。慎太郎は有名な話だがほとんど登庁しない。副知事に丸投げして目立つところだけ登場する。だから慎太郎前半の実質の知事はヤ○ザの浜渦だった。暴力問題なども起こし評判の悪かった浜渦は最後ヤラセ質問で問責に問われ都庁を去った。慎太郎は浜渦が辞めるにあたり「泣いて馬謖を斬る以上」と表現した。その後に慎太郎が連れてきたのが猪瀬。当時猪瀬は道路公団民営化問題で名をあげていた。結局あれは騒いで看板を掛け替えただけで何も変わっていないのは見ての通りである。
 猪瀬と慎太郎のつながりは何かと言えば右翼系団体の日本会議のようだ猪瀬は自分の思想的な部分をあまり言わないが右翼的思想は慎太郎と通じているのだろう。
 さて、猪瀬が副知事だった石原都政の後半は何があっただろうか。浜渦去った後の慎太郎は都政への興味をすっかり失い、ヌケガラのようだった。目玉政策はオリンピックぐらい。それも失敗し、いつ辞めてもいい状態だった。その影にいた猪瀬は何をするのか見ていたが目立ったことはほとんどしなかった。役人のように失点を最小限におさえてただそのポストを死守しているだけ。著作も副知事となってからは牙を抜かれたかのように目立つものは書いていない。一方で自己宣伝に余念がなく明らかに慎太郎の後釜を狙っていた。しかし、慎太郎はいつ辞めるかわからない。前回都知事選ではあろうことか慎太郎は松沢を後継指名した。猪瀬的には”うそだろ!?”という思いだったろう。結局その松沢のハシゴを外して自分が出馬しちゃったのが1年半前の慎太郎だったので猪瀬的にはラッキーだったのかもしれない。

 人物的には猪瀬は非常に地味である。いつもしかめっ面をしていてサービス精神もない。演説もうまくない。はたしてこの人が選挙運動できるんだろうかとヒトゴトながら心配してしまうが、猪瀬的には知名度だけでいけると思っているのだろう。副知事室に自分用のトイレをつくらせたというエピソードがこの人物を物語っている。

 ついでに慎太郎都政13年を評価してみよう。小泉政治が劇場型と言われたが先に劇場型をやっていたのが慎太郎。できるかできないかわからない目玉政策を派手に打ち上げて人々の眼目をひきつける。都庁にはほとんど来ないし、議会とも常に対立関係。結局なんにもやってない。東京というポレンシャルがあればいろいろできたはずなのに無駄に13年もたってしまった。まさに失われた13年だったわけだ。佐野 眞一のてっぺん野郎の感想文を5年前に書いたが今読んでみても、慎太郎都政はこれ以上に何も付け足すことがない。少なくとも最初の8年でやめてくれていれば良かったのに。

 猪瀬は慎太郎が生きているかぎり忠実な子分に徹しそう。つまり今と何も変わらない都政が続くだろう。今の都政でいいか、刷新してまともな都政に戻すかが今回の選挙の争点だ。

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2012/11/11 国会前 脱原発抗議 宇都宮健児さんもいた

2012/11/11 に国会前抗議行動に行きましたが、そのとき都知事候補の宇都宮健児さん見守り弁護団として参加していてうちのキッズも握手してもらいました。途中から雨が降るという悪天候だったが、多くの人がこの日も集まっていた。広瀬隆さん、海渡雄一さんもきていた。
 私はもちろん宇都宮さん支持です。11/14のキックオフにも行きました。なかなかこんな良い候補はいない。ちょっと老けてみえるがまだ65歳です!

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