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原発と私(9)〜311後-1

 多くの人がそうだと思いますが311の震災により世界が変わってしまいました。様々な意味で。
 私の場合、この震災くる前から大きめの地震があると原発が問題ないかチェックするというのがいつもの行動パターンになっていました。今回の311地震は長かったけど東京ではそれほどとは私は思わなかった。震源が宮城沖だったので女川が危険ではと思い原発のモニタページでチェック。だいたい原発は震度5程度の揺れで緊急停止します。女川は震度5強でモニタリングポストの値は問題なさそう。しかし、やはり緊急停止していた。そして福島第一、第二も緊急停止。けれど福島は震源からやや遠いのでそれほど気にしていなかった。
 東京でも余震が何度かあり、崩れた荷物などを直しながら動向を引き続き動向をチェック。そんな折、女川の値が消える。電力会社が”値を隠したのでは!”。今やみなさまご存知でしょうが、電力会社は都合の悪いことはウソついてでも隠すという体質を持っているので”隠した!”とその瞬間思ったのです。もしや福島もと思い見たらこちらも消えていました。そしていくら待っても表示される様子は無かった。”奴らやりやがったな”と思いこのページを見るのやめたのですが、このモニタリングポストの値が消えた理由は津波だったというのが後でわかる。ポストや電源設備が津波をかぶって機能を喪失していたのだった。

 その日はもう仕事どころではなく、会社は早めに終了。電車が止まっていたので歩いて帰宅。家に帰ってからも原発に関して気になってずっとチェックしていたが。自動停止した。津波がきたが大丈夫だった。というニュースが繰り返されるだけで新しい情報はほとんどなかった。それよりテレビは地震と津波の被害の衝撃映像を繰り返し流していた。
 この約2週間前に我が家には3人目のベビーが誕生していた。母親は産休中で東海村の義母が家事を手伝いにきていた。この日3/11に義母は東海村に帰る予定だったが電車が止まり当然帰れなかった(バスが復活するまでこの後1週間かかる)。東海村の義父とも電話が込み合っていてほとんど連絡がつかなかった。
 地震の後、携帯も固定電話もほとんどつながらなかった。これはある程度予想できたが、このときは携帯メールもなかなか送信できず。結局この日家族の安否が確認できたのはmixiのつぶやき機能によってだった。
 このとき、私はツイッターアカウントをとりあえず持ってはいたけど全く使っていなかった。刻一刻と変化する地震&原発情報も信頼おける人のツイートが一番早く正確でツイッターの有用性をはじめて認識する。私のツイッターデビューは311後だった。

 それまでは”140文字程度で何が語れるのか!?”、”チャットの延長程度のものだろう”と思っていたのですが、短縮リンクはったり写真はったり他人のツイートをリツイートしたりという機能を持っており、140文字というのもサラッと読み流すにはちょうど良い。書くときも簡潔にまとめるに丁度良い長さ。また、気になる人だけフォローすればよい。早速androidタブレットにもツイッターアプリをインストールして使いはじめたらこれは無くてはならないものになった。パソコンだとわざわざ起動しなければならないがタブレットはボタン押せば起動してすぐ読める。寝るときも枕元に置いて東電や政府の夜中の記者会見のツイートを追った。東京から我が家も避難すべきか!?ツイッターとネットの情報や知人の動向を見ながら家族で相談したのだった。

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