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事故から1ヶ月を振り返って

 原発事故から一ヶ月を振り返り、主な経緯を時系列でまとめてみました。

 これを見てわかるのは、一番危険で放射性物質が大量に出ていたのは、3/14,15,16だったということ(東京でも平時の10倍線量)。ところが、この当時報道は計画停電騒ぎにジャックされ、人々はパニックとなり買い占めに走っていました。大気が最も放射性物質に汚染されていたというのに、そのことについて報道された形跡はありません。一方、情報が早いのか勘が鋭いのかわかりませんが、広告代理店や外資系の会社はこの時期、関西や海外へと逃げていました。
 本当ならこの期間は計画停電で騒ぐのではなく、学校の休校や屋内退避の指示を出し子どもにはヨウ素剤を配布べきでした。この危険な状態が東電も安全委員もわからなかったのなら、彼らの無能を呪うだけですが、そうではなく危険を認識していたと発表したのが昨日のこと。なんたる鬼畜の所業!許せん!
 以下、汚染の状況が徐々に明らかになっていきますが、いつも発表は後手後手。もう食べちゃったり飲んだ後の発表ばかり。いったい今後何万人に障害が出てしまうのか....。


3/11(金)14:46 宮城沖で地震発生 約1時間後に津波が到達
3/12(土)14:30 1号機ベント 15:36 1号機爆発。福島第一及び第二10KM圏内に避難指示。後に第一20KM圏内に拡大。
3/14(月)11:01 3号機爆発 計画停電の発動も3/14は行われず。原発は大変な局免を迎えていたがマスコミは計画停電騒ぎにジャックされる。
3/15(火)0:00 2号機ドライベント 6:00 4号機爆発 6:10 2号機爆発  東京で最高の放射線量を観測 0.809マイクロシーベルト(平時の約10倍) 朝から計画停電発動 以降3/28までの平日で断続的に計画停電を発動。乾電池、トイレットペーパーなどが町から消え、スーパーも品薄になる。第1原発半径20km~30kmの範囲を屋内退避指示。
3/16(水)この日から突如、電博などの広告代理店外資系が自宅待機となる(いち早く関西や海外に逃げる人も多数)。
3/17(木)事故原発付近の放射線量が作業員が近づけないぐらい高くなり、遠巻きからの放水がはじまる。夕刻に東電が首都圏大規模停電の可能性を警告。帰宅時と重なり大混乱になる。
3/18(金)ハイパーレスキュー出動
3/19(土)5,6号機の冷却機能回復
3/21(月)3号機黒煙。東京で放射能雨が降る。茨城のほうれん草から24000Bq/kgを検出。
3/22(火)9時の時点で金町浄水場で210Bq/kgを検出していたが発表は翌日
3/23(水)昨日金町浄水場で210Bq/kgを検出していたことを発表。この日も190Bq/kg。水のペットボトルが町から消える。
3/24(木)第1原発半径20km~30kmの範囲を避難指示。
3/28(月)深夜の会見でプルトニウム検出を発表
3/29(火)東電清水社長 めまいで入院
3/31(木)サルコジ来日
4/1(金)茨城沖のコウナゴから4080Bq/kgを検出
4/2(土)超高濃度汚染水 流出見つかる
4/4(月)19:03 汚染水の海洋放出はじめる。この行為は世界中から非難あびるも放出続ける。
4/6(水)計画停電やらない宣言をやっと出す。超高濃度汚染水 流出止まる。
4/8(金)深夜の余震により、福島第一など一時電源喪失。
4/10(日)統一地方選前半投票日。高円寺等で大規模 脱原発デモ。
4/11(月)東電社長福島県庁に行く。汚染水放出ひとまず終了。半径20キロ圏外にも「計画的避難区域」を設定。東京地方降雨あり。
4/12(火)原子力安全委員。事故がレベル7との見解発表。事故当初からその認識だったと告白!? ストロンチウム検出
4/13(水)東電清水社長 会見。引責辞任を否定

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