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読書な毎日(196)

【グーグル秘録 完全なる破壊】 ケン・オーレッタ
 原題は"Googled"。googleの設立から現在までのなりたちを、創業者二人を含めた多方面の関係者への取材がなされている力作のルポです。
 私もgoogleという検索エンジンのことを当初は好意的思い使っていました。しかし、googleの検索結果が何か変だと気がつきgoogle八分があることを知ったのが2007年の話。以来、私は検索エンジンにgoogleは基本的に使っていないのですが、googleが検索エンジン以外にも進出し、クラウドだのandroid OSだの、クロームブラウザなど、googleを避けるのが困難になってきています。そして私が、googleの危険性を決定的に感じたのはgoogleのクラウド、”GoogleApps”のセミナーを聞いてからです。詳しいことはそのレポートに譲りますが、何の疑問もなくこれを企業が使い始めるとどうなるか。もうgoogleなしでは生きていけないカラダになってしまうのだ。オソロシイ....。
 googleの検索エンジンさえ使わなきゃいい、という状況では現在なくなりつつあります。そこに発売されたこの本は私の”googleっていったい何を考えて、何をしようとしているいるの?”という疑問に応えてくれる題材をたくさん提供してくれた貴重な本となりました。ちなみにこの本は”文藝春秋”という大手出版社から発売されているのに不思議なことにかなり品薄で、多くのネット書店で品切れとなっています。本屋にはおそらく並んでないでしょう。これはいったい何を意味している!?
 googleを創業したのは、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンという二人のコンピュータエンジニア。ペイジは米国出身。ブリンはロシア出身ですが彼地で迫害され米国に移住したユダヤ人。ともに1973年産まれ。二人ともいわゆるコンピュータプログラムオタクで、スタンフォード在学中にgoogleのプロトタイプとなる検索エンジンを開発。大学を中退しgoogleを起業します。それが1998年の話。googleの何が他の検索エンジンと違ったかと言えば、1)検索の速さ正確性=独自のアルゴリズムによりページに重みづけをし重要性の高い結果で並べることができる 2)広告を出さないシンプルなページ=後にテキスト広告を出すようになるが当初のグーグルは検索結果しか表示しなかった。速く正確なのは感覚的なものもあるので一概に言えませんが、うざったい”広告”を出さないということで、当初は玄人筋から支持を得て次第に勢力を拡大していったのでした。これは創業者二人の硬いポリシーでもありました。彼らは広告の出るサイトを極度に嫌っており、自分たちが使いたい検索エンジンをつくったということなのです。このおかげで、googleは当初ほとんど収益源がなくベンチャーキャピタル頼みの赤字企業でした。けれど、彼らは自信満々で正しいと思うことやってれば世間がついてくる、と考えていました。ちなみにgoogleの社是は”邪悪になるな(Don't be evil)”だそうです。スターウォーズだかブッシュだかの標語みたいですね(^^; 何が邪悪なのかは彼らも深く考えておらず、自分たちが”evil”と思わなければいいってことなのでしょう。しかし、正にgoogleを象徴してるのがこの標語なのです。
 先に書いた通り現在のgoogleには広告が出ています。検索結果の右端にテキストで。この表示回数とクリックによりgoogleは企業から広告料金をとっています。このエリアで上位に表示されるのは金次第でオークションによって表示順位を買う仕組みとなっています。また、"Adwords"と呼ばれる広告プログラムを行っています。Ads by googleとよくwebサイトに表示されているものです。とある、ページビューの多いサイトがこのプログラムに参加すると、その表示エリアにgoogleが最もそのサイトに適している(関連している)と判断した広告を表示させ、その表示回数とクリック数によりそのサイトに収入が渡ります。広告主は広告代払う、googleはピンハネする、広告見た人も関連した商品見つけることができる。という具合な正にwin win?な広告なわけだ!今やgoogleの収益の柱はこのAdwordsとなっていて、これが成功したことによりgoogleは急成長したのです。
 あっさりと書きましたが、ここに至るまでの道のりはけっこう長いです。創業の二人は常に自信満々のオタクで人の話はほとんど聞きません。企業の経営にも収益にも自分たちの収入にもほとんど興味がなく、ただ彼らがつくりたいものをつくってるだけ。googleの将来性を見越して投資した投資家たちはヤキモキ。企業としてgoogleを経営できる人材を送り込もうとしますが、創業二人のメガネにかなう人はなかなかいません。彼らは技術的な話題についてこれない人はそれだけで”ダメ”の烙印を押してしまうのです。彼らと対等とはいかないでしょうが、少なくとも彼らの言ってる言葉の意味が理解できる人でないといけない、また彼らから実権を奪ってしまうような人も嫌だ。そこでやっと決まったCEOが現在もその職にあるエリック・シュミットなのでした。彼が入ったことにより、googleは学生サークルから企業らしきものへと徐々に変わることになります。収益を出すビジネスモデルを考え黒字化させてゆくのです。しかし、このことによりやはりgoogleは変質したと言って良いのでしょう。収益を求める普通の会社になったのです。黒字化したことにより会社は巨大化急成長していきます。一方、創業二人の技術への興味はまだ尽きることがないようで、相変わらず日々研究を続けています。今や億万長者となった二人ですが、すでにお金もちだからもうお金はいらないということで、googleからはなんと年収1ドルしかもらっていません。筋金入りのオタですね。
 さて、それではgoogleの目標とはいったい何なのか。基本は何でも検索することです。ネットの情報に限りません。紙の本も、イントラのドキュメントもなんでもかんでも。究極の人工知能とは優秀な検索エンジンだと彼らは考えているのです。だから彼らは検索できないものがあると悔しくてたまらないようです。例えば、FaceBookという米国最大のSNSがありますが、クローズドユーザのサイトですからgoogleはこの中身を検索できません。中ではgoogleの預かり知らない情報がやりとりされている。そこでgoogleはFaceBookを買収しようとしましたが、結局合意しませんでした。変わりに自分たちでSNSを立ち上げています。全く流行っていませんが。
 紙の本については裁断しスキャンして今もどんどん電子化しています。googleは著作者に電子化して良いか断わるという手順を踏みません。彼らには著作権という概念はあまりなく、本も情報ソースの1つにすぎないのです。このようなやり方をしているためgoogleはたくさんの訴訟を抱えしまってています。同様なことは買収したyoutubeにも言えます。googleは一応著作権に配慮しているフリだけはします。著作権侵害の報告があれば対処します。しかし、これは文句つけなかれば対処しませんよ、ということでもあるのです。
 一方で国家権力やスポンサー企業にはかなり柔軟に対応しているようです。例えばわかりやすいのは中国で、中国googleで天安門事件をググッてもあの事件については何も出てきません。程度の差こそあれ、同じようなことを各国でgoogleはやっているのです。また、ポルノや差別表現など彼らが問題(邪悪?)と思うものも検索結果から排除されます。その重み付けの基準について彼らは明らかにせず、”独自のアルゴリズム(ペイジランクとも呼ばれる)”で片付けてしまいます。
 このようにgoogleはあるときから、コトナカレな商業検索エンジンになっています。見た目は広告が出ないで同じに見えますが、中身は変質しているのです。技術偏重で人間の感情というものをあまり考慮せず。とにかく自分たちのやりたいことがキング。それがgoogleなのです。
 こんなgoogleではありますが、私はAndroidにだけは期待しています。googleがサポートしているlinuxベースのオープンオースOSです。今やMobile分野でApple系に対抗できそうなのはこれだけ。Appleというのもかなり問題ある企業なので、Androidにもがんばってもらわなければなりません。
 はてさて、こうやってgoogleの本読んでみたのですが、iPhone iPadと快進撃続けるコンピュータ業界の重要プレイヤーのAppleについて私はほとんど知らないことに気がつきました。これでは片手落ちだ!ということで、引き続きジョブズの本を読むことにしました。ジョブズとgoogleはあまり相性良いように私には思えたのですが、創業者の二人はどうやらジョブズ好き。シュミットもアップルの取締役だったりと、不思議な関係にあります。いったいアップルとはジョブズとは何ものなのか?というわけでジョブズの本に続くのだった。
(★★★★☆)

【スティーブ・ジョブズ-偶像復活】
 ジェフリー・S・ヤング、ウィリアム・L・サイモン
 私のパソコン履歴書にも書いた通り、私がはじめてパソコンというものに興味を持ったのはApple2でした。けれど、私はApple製品を一度も買ったことはありません。iPodでさえも。なぜか、というのは本著を読んでよくわかったのですが、ジョブズと私は全く感性が合わないからだったのです!この件については後で書くとして、まずはジョブズの生い立ちから軽く追ってみます。
 ジョブズは実の両親が結婚する前に生まれた子どもだったため、生まれた瞬間に養子に出される。当時の米国ではキリスト教の教えにより結婚する前に子どもがいてはいけなかった。彼は子どものころから電子機器に興味を持ち、スティーブ・ウォズニアックと知り合う。ウォズニアックはジョブズより年上でコンピュータ回路の天才として近所でも知られていた。彼がつくったブルーボックスと呼ばれる、長距離電話を違法にかける機器をジョブズは売りさばき一財産かせぐ。大学を中退したジョブズはアーケードゲームメーカーのアタリ社に入社する。その傍らパーソナルコンピュータの第一号となる、Apple1をウォズニアックにつくらせ、これがそこそこ売れ、アップルコンピュータとして独立。ウォズニアックもHPを辞め、Appleの後継となるApple2をつくりあげる。これが大ヒットとなり、世界に名の知られるアップルコンピュータとなる。このときまだジョブズは25才。
 ジョブズというのは生い立ちも大いに関係しているのでしょうが、かなり屈折した人物です。自己中心的で、人の意見はまず聞かない、人の手柄は自分の手柄。人の考えは自分のアイディア。ウソや裏切りは日常茶飯事。金や名誉に執着。これは仕事面だけでなく、私生活でも同様で、最初の妻と離婚し子どもが生まれたが認知せず、自分は億万長者なのに養育費を1ドルも送ろうとしない。けれどアップルの新型機にはその娘の名前リサをつけてみる。また禅宗に傾倒していて、ベジタリアンでもあります。若いときはほとんど風呂に入らずボロ服に裸足という格好でもあった。一般社会人としては通用しないようなタイプですが、それを受け入れる度量が当時のアメリカ企業にはあったということなのでしょう。成功するだけある秀でた素質も持っていたことも間違いないでしょう。人をひきつける魅力、特にプレゼンは上手でそれも原稿なしで次から次から言葉が出てきて相手をその気にさせる。自分は実務をやらずに人をやる気にするのが上手。ウォズニアックがその代表選手ですが、彼のように金も名誉も興味ない優秀なエンジニアを鼓舞する術に優れています。デザインに対しても強いこだわりを持っています。アップル製品のうち、ジョブズが大きく関わっているものは、シンプルで使いやすいが融通がきかないという特徴を持っています。ジョブズが必要と思う機能意外は徹底的に削ぎ落とすので、アップル製品はいい意味でも悪い意味でもシンプルだが個性的なのです。
 ジョブズも若いころは自分でも回路を組んだりしていたようではありますが、自分にはエンジニアの素質がないと悟ったのか初代アップルの頃から既にマネジメントの方に彼の軸足は移っています。こういうところはgoogleの創業者とは正反対。googleの二人は技術がわからない人にマネジメントを任せることができませんでしたが、ジョブズは自分より技術のわかる人間が来るとやっかいなのでわざわざこの分野とは縁のない人、ペプシコーラのCEOだったジョン・スカリーを引き抜きます。けれど、この普通の企業人スカリーにより暴君ジョブズはアップルから追放されてしまいます。
 この事件はジョブズにとってもショックだったようですが、アップル外に出ても彼は精力的に活動し、NeXT社を設立したり、ピクサーに資金援助します。なかなか成果のでない2社でしたが、結果的にピクサーが「トイ・ストーリー」で大成功。ジョブズも息を吹き返す。一方この時期アップルは苦境に陥っており、ジョブズがアップルに戻ることになる。以降のアップルはジョブズが戻った途端にかつてのアップルのような輝きを取り戻す。iMacそしてiPodで音楽業界に参入。iPhoneで電話業界にも参入。そしてiPadへと続きます。
 復帰後のジョブズは再婚し年をとってまるくなったところもあるようですが、やはりジョブズはジョブズのようでそれ故カリスマがあり、世間を魅了する製品を出し続けることができるようです。
 グーグル、アップルと読んできたわけですが、アップルという企業はかなりハード寄りです。コンテンツよりもデバイス自体にこだわりを持っています。けれど、アップルのデバイスは決してユニバーサルデザインではなく、ジョブズ思い入れデザインのため万人に受け入れられるものではありません。一部からは熱狂的な支持を得ますが、その他多くは遠巻きに見ているだけ。ジョブズある限りアップルはなくならないでしょうが、マイクロソフトのように世界を制覇することはないでしょう。一方のグーグルはマイクロソフト以上に個性を消したステルスな存在。気がつかないうちに世界を侵食するようになるのです。
 アップルというのはジョブズ一代記だったということが本著を読んでよくわかりました。でもって、私は今後もアップル製品を買うことはないでしょう。
(★★★★☆)

【ロスジェネ 最終号(4号)】 浅尾 大輔 編
 雑誌ロスジェネの最終号。ハードカバーで文量もけっこうありますが、今号は今までと違って編集委員3人、批評家の大澤信亮、作家の浅尾大輔、画家の増山麗奈の作品にて構成されています。
 浅尾氏は「struggle」というタイトルの現代日本の近未来?小説を書いています。現代日本かと思うと政府と武装闘争している人たちがいます。主人公は非正規雇用の人たちの相談を受けるNPOの人。設定は面白そうではあるのですが、話が途中の感じで終わってしまいます。まだ続く感じではあるのですが、ロスジェネは終わりだしどこに発表するの?
 増山麗奈の絵はカラーページで数点掲載されています。
 この本で一番量が多いのは大澤氏の部分。浅尾氏の批評が載っていて、その後は延々と杉田俊介氏との対談が載っています。
 批評というカテゴリーがあってそれを生業としている人がいるとは知らず。批評の専門誌があることも私は知りませんでした。かなりマニアックな世界だと思うのですが、その批評論や批評業界について彼らは批評しています(^^;; かなりネガティブな感じの批評というか批判ばかりで正直私はあえて批評の雑誌など読む気がしない。批評は新聞の書評程度で十分です。批評はあくまで批評でキングは作品でしょう?批評業界についてはよくわかりませんが柄谷行人や浅田彰が対象というかヤリ玉であげられなんか延々と語っています。全然面白くない。
 また、彼らの特徴として自分の考えはあまり語らずあそこにはああ書いてあったこう書いてあったとやたら引用が多い。その取り上げる対象が独特。いわゆる超名作と評価が確定しているもの ドフトエフスキー、トルストイ、夏目などの群。そして、バカボンド、HUNTER×HUNTER、バトルロワイヤルなどのサブカル漫画系の群に片寄っています。特に後者については具体的な登場人物の心理や行動がなんたらかんたら書いてあり、元ネタを知らない人にとっては”なんじゃそれは!”状態。知らない人への配慮をするつもりは全くないようです。
 今までのロスジェネはいわゆる普通の雑誌と言って良いものでしたが、本著は特に読者のことは考えておらず、とにかく印刷して綴じたぜ!的な本です。ここまで読者を想定してない雑誌!?は見たことない!まさに打ち止め、もうこういう雑誌はつくれないでしょうね、というか出版されたのが奇跡かも。
(★)

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私のパソコン履歴書~7代目Persona~持ち歩くならハンドヘルドPC

Persona7代目>>>PCデータ
機種名:日立 Persona HPW-200JC
使用期間:1998~2000
イメージキャラ:なし
購入価格:79800円
OS:WinCE 2.0
CPU:SuperH 100MHz
メモリ:16MB
HD:なし
備考:カラーB5

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 Thinkpad 230Csでかなり満足はしていたのですが、この頃登場したPersonaといういわゆるハンドヘルドPCが非常に気になりました。WindowsCEという軽量WindowsがOSで普通のwindowsソフトは動きません。ワードやエクセルも簡易型のポケットワードなどが入っていました。私のPCの利用形態はテキスト作成が主でした。ワードもエクセルも使いません。テキストが打てればいい、というわけでこれで十分だったのです。Thinkpad を持っていけばいいかもしれませんが、おおげさだし壊れるかもしれない。Personaはハードディスクではなくフラッシュメモリを記憶媒体としていて少々荒く扱っても壊れそうにありません。値段も安いし買っちゃえーというわけで買ったのがこのPersona。
 キーボードは打ちやすく、フロッピー替わりにコンパクトフラッシュを記憶媒体として外用メモ帳としてそこそこ使いました。HDを使っていないので気楽にカバンに放り込んでもって歩いていました。最後はヒンジが弱くなってヘナ男になるぐらい使っていたので、値段分ぐらいは活躍したということでしょう。そういえばこのモデルはタッチパネルでもあったのです。ほとんどタッチは使わなかったけど。
 この当時はまだインターネットはダイヤルアップの世界で、モデムも内蔵していましたがこれ使ってわざわざネットにつなごうとは思いませんでした。PC(windows)と同期させるツールもあったのですが、使い勝手よくなかったので使わなかった。

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私のパソコン履歴書~6代目Thinkpad 230Cs~これぞ理想のノートPC

230cs6代目>>>PCデータ
機種名:IBM Thinkpad 230Cs
使用期間:1996~1999
イメージキャラ:なし
購入価格:178000円
OS:Windows95
CPU:i486SX 33MHz
メモリ:4MB
HD:130MB
備考:カラー液晶 B5サイズノート

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 WindowsというOSは思った通り普及...というか世界を制覇しはじめていました。いつの間にかパソコン業界はOSの方に実権を握られてしまっていたのです。そんな中、Windowsの新バージョンWindows95が日本でもリリースされました。あのときのパソコン業界、そしてマスコミのバカ騒ぎっぷりは語り草になるぐらいですね。
 Windows95でパソコンに革命が起きるぐらいの騒ぎでしたが、私にはWindows3.1のマイナーチェンジぐらいにしか映らなかったので、とりあえずは静観していました。けれど秋葉原には定期的に訪れ、掘り出し物があれば買ってもいいかなぐらいに思っていました。
 そんな折、これもどこで買ったのか覚えていないのですがアウトレットもののIBMのB5カラーノートがお手ごろ価格で売っていました。4代目の重さで懲りた私は、今度買うなら絶対にB5のカラーと誓っていました。それにかなう一品だったのです。IBMのノートPCはよく職場でも使われていたのですが、筐体が丈夫で安心感があり高級モデルというイメージがありました。
 Windows95は思った通り、win3.1のマイナーチェンジのようなものでしたが、Thinkpadを買って以来はconturaは2台とも全く使わなくなってしまいました。どちらも帯に短したすきに長しなPCだったからです。
 このthinkpadは大きさ良く、使いやすさも液晶も良くてノートPCの理想のようなモデルでした。当分はこのPCでいいな、と思わせるものがあったのです。今もthinkpadにはトラックポイントというポインティングデバイスがついていますがこのモデルにはそれがついていました。使いづらいという人もいますが、私はこれが気に入り、以来できればこれがついているPCを選ぶようにしています。

 そんなとき、私の人生にとって重大な事件が起こったのです。バイク自爆の交通事故で大腿骨を粉砕骨折。以降7ヶ月の入院生活となるのです。実はこの事故は新潟の競馬オフ会へ行く途中の出来事でした。突然の事故ですから、新潟では”よこぜさん来ると言ってたのに来ないなあ”なんてやっていたそうです(^^; 事故と入院の話は別にレポート書いてあるのでそっち読んでみてください。その入院の時に大活躍(^^;;したのがこのthinkpadくんだったわけです。
 足はボキボキでしたが、意識ははっきりしていたので、親に連絡し、まず持ってきてもらったのがこのPC。当初は寝たきりでベッドからも動けなかったのですが、仰向けの状態でPCにコメントやらメールを書き込み。親に操作方法を教えて病院にあったグレ電(モジュラージャックのついてる公衆電話)でパソコン通信につないでもらったのです。ベッドから下りれるようになるまで3週間ぐらいは親に操作してもらっていました。
 というわけでこの後半年にわたり一緒に入院していたのがこのPCだったわけでたいへんお世話になったのです。この当時はノートパソコンというのものを一般人は持っていないものでした。医者からも看護婦からも患者からも珍しそうに見られ、”仕事してるんですか?”とよく聞かれました。今はきっとたくさんいるんでしょうね。入院してパチパチタイプしてる人が。

 また、入院してると自由になる時間が大量にあるので新しいことを始める余裕ができます。私の場合は入院中にHTML言語を習得しました。すなわちホームページですね。1997年というのはちょうどニフティもインターネットに接続し、インターネット用のメールアドレスをユーザーに配り、ホームページ用のディスクスペースを提供するようになったときです。ちょうど私の入院とタイミングが合致したのです。
 入院中にある程度のコンテンツを作成し、退院後に整えて1998年の6月に現在の石油精製設備高度化のページの原型をインターネットにアップロードしました。と言ってもこの当時はまだインターネットにはダイヤルアップでつないでいた時代です。一般人も一般的な会社もまだインターネットにはつながっていません。アップロードしたはいいけど、インターネットを見ているのはごく小数の限られた人々でした。
 まだまだこの時期はパソコン通信の方が日本では中心で、むしろ一番盛り上がっていた時期ではなかろうかと思います。競馬フォーラムは一口馬主談義をするためのFHOWN(競走馬オーナーズフォーラム)なんてのまで誕生しました。インターネットのホームページというのは外向きの看板のようなものだったのです。
 入院してホームページ作成をマスターした私のもとにはあっちからも、こっちからも”ホームページつくって”という依頼がやってきました。仕事ではないので、ほとんどがボランティア作業。今も面倒みてるページがいくらか残ってます。

 私の”石油精製設備高度化”のホームページのコンテンツは競馬と映画と読書と中村敦夫が中心となっていました。競馬は一口で持ってる馬に関して。映画と読書は入院中の感想文。なんで中村敦夫なのか。ちょうどその頃、中村敦夫が参議院の東京選挙区で立候補し私も投票したら、見事当選。その喜びをホームページにしたのがきっかけです。
 当時、中村敦夫ネタのホームページをつくってる人は日本広しと言えどほとんどいなかったようでyahooで中村敦夫で検索するとなんと、1番上に私のページが出ていたのです(^^;; そんな訳で中村敦夫ファンと思しき女性(たぶんおばさんだと思う)から、何度か直メールが私あてに届きました。”ホームページ楽しみにしてます。もっと中村敦夫さんのこと書いてください”という激励メールです(^^;; そう言われても知り合いなわけでもなく、ただ彼に投票した1市民にすぎなかった私は”中村敦夫新聞”があることを知り、購読することにしました。そうしたら、中村敦夫事務所から国民会議(中村敦夫が立ち上げた政治団体)1周年パーティーの招待状が届いたのです!私なんかが行ってもいいのかな?とも思ったのですが行っちゃいました(^^; そうしたら以来、事務所から電話がかかってくるようになったのです。国民会議の勉強会に来てみませんか?って具合に。せっかく誘ってくれるのだから行ってみようというわけで、出かけて行ったわけです。私のこのフットワークの軽さはオフ会で培ったものです
 行ってみて驚きました。中村敦夫さんは私のような一般人と一緒に本当に政治を変えようとしていたからです。政治の世界なんてお呼びでないとそれまで思っていたのですが、一人一人が意識を持てば変えることができるということに中村敦夫さんによって私は気づかされたのです。しかし、そこに集まっていた若い人があまりにも少ないことにも驚きました。
 以来、私の興味の軸足は政治や社会問題へと。

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私のパソコン履歴書~5代目Contura AERO, 4/25~小さく軽いサブノート

前回からなんと2年も間が空いてしまいましたが(^^; この連載はまだ終わったわけではないので続けます!

Aero5代目>>>PCデータ
機種名:Compaq Contura AERO, 4/25
使用期間:1993~1996
イメージキャラ:なし
購入価格:128000円
OS:Windows3.1
CPU:i486SX 25MHz
メモリ:4MB
HD:170MB
備考:モノクロ A5ファイルサイズノート

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4代目は待望のwindowsでしかもカラーだったのではありますが、3代目のDynaと比較してでかくて重く、とても持って歩けるものではありませんでした。パソコンを持ち歩くのが当時のライフスタイルとなっていた私としてはこのデカサはかなり不満だったのです。

 そんな折CompaqからContura AEROという小型のノートPCが登場しました。ドカベンのようなノートPCが主流だった当時、手にとってその小ささに驚いたものです。しかもけっこう安い。かなり迷った末、軽さと安さを重視してカラーもあったのですが白黒モデルのAEROを買いました。性能的には4代目とほぼ同じですので”サブノート”という位置づけです。
 しかし、買ってみてやはり白黒は物足りなかったのです。それに2台持っていてもデータファイルが分散してしまうと勝手が悪いのでやはりメイン機は4代目の方になってしまいました。5代目は外出する時用の正にサブノートとなってしまったのです。あとこの筐体についてる右利き向き!?の小さいトラックボールは使いづらく、外付けのトラックボールを持ち歩くことが多かったです。
 とは言え、旅行ではその小ささを生かし大活躍。海外にも持って行きました。また職場でも活躍しました。SE会社なので、当然パソコンは一人一台かと思っていたら、まだそういう時代にはなっていませんでした。私物PCを皆普通に会社に持ち込み、それで仕事をしている人がけっこういたのです。私もこのAeroを持って会社に行き、ドキュメントやワークシートなどを作成していました。4代目のおまけのワードやエクセル使ってね(^^;;
 というわけで、4代目の常にサブという日陰のパソコンではあったのですが、この小ささと軽さそして筐体のデザインの美しさは特筆もののノートPCでした。

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コラムyokoze「選挙について」

 もうすぐ参議院選挙です。結局選挙のホームページ解禁は鳩山辞任などのごたごたで見送られてしまいました。次の衆議院選からってことになるのでしょうか。自民党が万が一、主導を握ってしまうようだとまた当分先の話になるのでしょうが。
 さて、今回の選挙はなぜか「消費税」が争点にされてしまいました。しかし、争点と言っても与党の民主党は党としての方針を決めていないので、本来なら争点にできないのですが、官僚とマスコミ主導で争点としてしまいました。なぜ消費税を争点にしたいのか。官僚は単純に収入(税金)を増やしたいということでしょう。また、自民党のように言うこと聞かない民主党の勢力をそぎたい。大マスコミは既得権益を享受している一種の官僚ですから、この点で利害が一致。記者クラブ開放など余計なことをするので、なんとしても民主党が力を持ってほしくないのです。
 今回の選挙は本当なら、民主党政権の信任、鳩山総理が辞任することになった米軍基地問題が争点となるべき選挙です。米軍基地問題は国民がようやく気がつきはじめてしまったので今回の選挙ではすっかり隠されてしまいました。
 前回の衆議院選挙のように民主党が勝ちすぎるのも問題ですが、あれから8ヶ月しかたってないのに、今回民主党が大きく負けるような結果がもし出るようなら、この流れをつくってる日本国民っていったい何なの?ってことになります。マスコミの報道に踊らされてるだけ?勝馬投票券買ってるだけ?前回民主党に入れた人は8ヶ月ぐらいで主旨変更するの?。それこそブレてるってことじゃない。60年の自民党支配、明治時代からの官僚支配は8ヶ月ぐらいで変わるものではありません。

 今更自民党が逆転するということはありえないでしょうが、みんなの党がある程度躍進してしまうかもしれません。しかし、みんなの党ってのは果たして第三極になりえる政党でしょうか。官僚政治批判はいいとして、それ以外はかなり自民党に近いもので、政策は筋の通った感じがありません。候補者もかなりマダラ感が漂います。政党というより”かき集め”という感じ。私はとてもこんな政党には投票できません。
 こんな時に中村敦夫さんが欲しかった。彼の登場は日本にとって10年早すぎました。彼のような信念のはっきりした政治家はなかなかいないものですね。

 私の住んでる東京選挙区について見てみましょうか。前回から5議席になり、みんなの党に行ってしまった川田龍平候補が当選しました。今回のプラス1は誰になるのか。
 民主れんほうは確実(1)。組織票の強い、公明の新人竹谷も硬いのでしょう(2)。前回現職の保坂(今回比例)を落として丸珠を入れてしまった自民党は組織票を中川に集中しているようなのでこれも入るでしょう(3)。れんほうに票が集中して民主小川はやや苦戦ですが、組織票をこちらに集めるようなのでこれも入るでしょう(4)。最後の1議席を、最近東京選挙区で議席をとれなくなっている共産党の小池と、自民のもう一人東海と、みんなのタリーズ松田が争うことになるか。この中で優勢なのは小池。民主の批判票がある程度ここに向かうでしょう。タリーズ松田はポスターがやばい(ばっちい)ので、これでかなり票を減らすでしょう。東海は知名度もなく、組織票も期待できないのでかなり厳しい。
 その他、東京名物の唯一神マタヨシは今回も出てます、脱税告発されたマック赤坂も健在。ますぞえ党の海路はキャラ的におもしろそう。名物になってください(^^; 社民森原は基礎票20万票では当選圏がはるかかなた。かわいそうな捨駒。東京選挙区には無理してでも出さないといけないのか社民党!? ところで東京名物のドクター中松が幸福実現党の比例で出ている。ドクター!ついにいっちゃいましたか!

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