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読書な毎日(192)

【八丈島流人帳】 今川 徳三
 この冬に八丈島に行ったのですが、その予習として読んだ本。1978年に出版され現在は絶版となっています。八丈島のキャッチフレーズは「花と緑と温泉の島」ということらしのですが、加えて江戸時代は流人の島だったのです。
 江戸時代の刑罰は最も重罪が死罪と言って、首をはね胴体は刀の試し斬りに使って捨てるという刑罰。なんと野蛮な(^^; これをさらし首にするのが獄門です。時代劇の大岡越前(加藤剛)が”死罪、市中引きまわしのうえ獄門”と言ってましたがこのことなのです。これよりやや軽いものとして”はりつけ”とか、”火あぶり”という刑もあります。武士の場合は、武士の情けということで”切腹”があります。その次に重いのが遠島でした。遠島にも軽重があり、軽い場合は新島とか三宅など比較的近い島。苦役つきの佐渡や隠岐というのもありました。八丈は遠島でも重い方にあたります。黒潮の先にあるため、渡るのが困難。つまり島抜け(脱走)もほぼ不可能なのです。それ故に政治犯、すなわちときの権力に従わないものが送られることも多かった。
 島の中でときには犯罪が起こることもありました。八丈島史上最初の死刑となったのは宇右衛門。島送りの罪状は不明なのですが、島で殺人を犯し死罪となった。しかし、首斬りを皆嫌がり困った役所は、宇右衛門を崖から海に突き落として殺すことにします。その崖は以来、八丈で死刑となった下手人を突き落とす崖となり宇右衛門ガ嶽と呼ばれるようになった。ここがどこか気になったのですが、八丈島のガイドやマップにはこの場所は載っていませんでした。
 死罪になるほどでない微罪、お腹がすたためによる盗みや島抜けなどの犯罪は島替えと言って、八丈小島や青ヶ島に移動させられたそうだ。これらの島は八丈より環境が厳しく食物も少ない。
 島は海に囲まれて温暖だから食料は豊富なのかと思っていたのですがそうではなかったのです。火山灰の土壌なので限られた作物しかできず米はとれない。島がどちらかと言えば人口過剰な状況で本土から物資に頼っており自給自足できなかった。あしたばが名物ですが、これはやせた土地でも生える草。とっても明日は生えるということであしたばなんだそうな。島のまわりは断崖絶壁が多く、魚をとるのも簡単ではなかったようです。飢饉になると餓死者がたくさん出て、当時は食べなかった家畜の牛を食べて飢えをしのいだそうです。
 遠島された人は極悪人かというと必ずしもそうではありません。先に書いた政治犯。偉い人の身代わりとして罪をかぶったもの。陥れられたもの。年貢が払えなかったもの。そして冤罪。江戸時代は今に比較しても冤罪はかなり多かったようです。また、生類憐れみの令があったときはこれに違反したとされた人がたくさん遠島となりました。普遍的な犯罪もありますが、時代違えば犯罪でもなんでもないことってたくさんあるのです。本著を読んでいて感じましたが、武士すなわち士族というのは、今の官僚につながる人たちなのです。戦国時代の武士は軍隊だったのですが、江戸時代の武士は武装したお役人集団です。書類仕事が主で、出世が目標。彼らは特権階級で、先に書いた通り切腹が認められていたり、武士に無礼な町人や農民を切り殺していいという、切捨て御免という特権まであったのです。大岡越前は今で言う最高裁の判事で、鬼平は東京地検特捜部の部長みたいなものです。官僚国家日本のベースは江戸時代につくられていたのだ。
 また、この時代は子どもが犯罪を起こすと親の責も問われ断罪されるのが普通です。このスピリットが今も日本では受け継がれているため、犯罪が起きると親が引っ張り出され謝らせられるのでしょう。
 本著は八丈島流人帳とはなっていますが、八丈に限らず江戸時代の刑罰と遠島全般にわたって書かれています。あまり表に出ない話なので、知らないことが多く江戸時代の勉強になりました。また、知られざるエピソードみたいなものがたくさん載っていてそれらも興味深かったです。
(★★★★)

【海嘯―逸と富蔵の八丈島】 乾 浩
 八丈に島流しとなった近藤富蔵の生涯。富蔵の父は近藤重蔵という旗本で蝦夷地の探検で名をはせた人物。しかし、仕事中心の生活で家庭を顧みず。富蔵3歳のときの母とは離縁し妾と暮らすようになる。派手好きで、目黒の自宅の庭に富士山をつくり名所となっていた。富蔵はそんな父に反発し、家出していた。そんな折、重蔵は大阪へ転勤となる。その間目黒の自宅を隣人の町人塚越に管理させていた。しかし、小富士を売りにして蕎麦屋を拡張し重蔵の屋敷まで使っていた。帰ってきた重蔵は驚き、以来両家は険悪となる。それを聞きつけ富蔵は戻ってくる。塚越の方は用心棒を雇いたびたび近藤家に嫌がらせをする。両家の境界線の問題で度々いさかいが起きついに、富蔵の怒りが爆発。塚越だけでなくその妻や子ども親戚まで7人も斬り殺してしまったのだった。この件で下手人となった富蔵(23)は八丈へ遠島。父も近江へ飛ばされる。
 八丈で最初は何もできない富蔵だったが、つかれたように仏像を彫るようになりそれが認められる。そして手先の器用さを買われ大工仕事や庭仕事を依頼されるようになる。そんな富蔵と八丈の百姓の娘、逸との間に縁談がまとまる。子どもも生まれ富蔵は八丈に生活の根を下ろし暮らしはじめる。けれど、江戸への思いを断ち切ることはできなかった。
 以降まだ長いのですが続きは本著を読んでみてください。富蔵という人物についてもちろん私は知らずに本著を読みました。なのでいったい彼とその家族はどうなってしまうのだろう、とハラハラしながら読みました。富蔵は流人の身ながら八丈実記を記していて、八丈では有名な人物で誰でも知っているようです。先に感想文書いた八丈島流人帳にも富蔵のことは載っています。
 富蔵自身はけっこう不安定な人物で、家族や隣人、友人、流人仲間に助けられながら八丈のために尽くしていきます。けれど江戸のことは忘れられない。流人仲間が次々と赦免されていく中で富蔵は取り残されたような気持ちとなります。家族や父子の確執という普遍的な物語でありながら、明治への時代の転換という歴史の物語です。誰も知らない話ですが、ドラマチックで大河ドラマ向や映画向きのような気がしました。使い古された竜馬なんかやってるより、”富蔵”を大河ドラマにした方がいいんでない!?
 本著は史実をベースとした歴史小説で、フィクション部分も入っています。しかし、その脚色が素晴らしく最後まで読ませます。私は八丈の予習で読んだ本ではありますが、八丈関係なく良い本ですので読んでみてください。
(★★★★☆)

【流されて八丈島―マンガ家、島にゆく】 たかまつやよい
 八丈島のマンガエッセイ。たかまつやよいはコンビの漫画家だが、女性の方のやよいが八丈島に住んでいます。もともと住んでいたわけではなく、テレビ番組で”八丈は住みやすいとやっていたので思いつきで引っ越した。本著ではそういうくだりや、八丈ライフをつづっています。観光ガイドではなく、八丈における漫画家の日常です。
 八丈に住んでるのに彼女は車を持っておらず、自転車で移動しています。行ってみるとよくわかりますが、車がないと移動がけっこう大変です。交通量は少ないですが、アップダウン激しく自転車では登れないような坂がそこかしこにあります。そういうわけからか、あまり移動はない漫画だったりします。マリンスポーツとも縁がありません。そういうところが逆に面白いのでありますが。
 実際八丈島は住みよいらしく、適当だった食生活があらためられ健康になってるようです。犬と猫も飼っていますがペットも同様。八丈ですっかり元気になったそうです。空気おいしく、食べ物も新鮮な地元のものばかり。自然と健康になるんだろうね。
 彼女も八丈では誰でも知ってる人らしく、この漫画は誰でも知ってるようです。本屋でないとこでもこの漫画売ってます。漫画の話をしたら”あの猫の人ね”と言ってました。ちなみに八丈に本屋は二軒しかないそうです。ぐるぐるまわっていたけど本屋は見当たらなかったな。
 まだ連載中らしいので、続巻出るの期待してます。
(★★★☆)

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