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読書な毎日(177)

【人間を撮る—ドキュメンタリーがうまれる瞬間】 池谷 薫
 ドキュメンタリー映画「蟻の兵隊」の監督である著者が書いた撮影手記。著者は他にも「延安の娘」というドキュメンタリー映画や、一人っ子政策についてのTVドキュメンタリーなど中国を中心に活躍しているドキュメンタリー映画の監督です。出身はNHK。
 「蟻の兵隊」は見たいと思っていましたが機会を逃してしまっていました。DVDが出たら買おうと思っていたのですが、先に本著が発売されたので読んでみました。本著は蟻の兵隊について以外にも監督が撮った映像作品にまつわるエピソードについて書いてありますが、ルポとしての水準も非常に高いものです。特に一人っ子政策については、驚きの内容です。一人っ子政策という単語自体はよく耳にしていますが、その実態について私はあまりにも知りませんでした。こんなとこをしている大国が存在し、オリンピックとか万博を開催しているのです。北京オリンピックが開催され、中国は注目されているように見えていましたがそこで生きる人たちについて撮ったものというのはあまりにも少ない。その少ない視点を著者は提供してくれています。
 「延安の娘」のDVDは購入するつもりなかったのですが、本著を読んだことにより購入することになりました。
(★★★★☆)

【続・獄窓記】 山本 譲二
 2003年に出版された獄窓記の続編。獄窓記という本が生み出され、著者が社会参画していく様の手記です。獄窓記を読んでいなかったら、そちらを先に読んでください。
 前作では知られざる刑務所の障害者たちを著者の目を通して伝え大きな反響を呼びました。本作ではその獄窓記が簡単に書けたわけでは無かったというのがわかります。著者は出獄後しばらく妻の実家の2階にひきこもりのように暮らしていました。外に出て人に会うのが怖くなってしまったのです。著者はもともと国会議員で自信の塊のような人だったそうです。そんな人がそういう状況になってしまうとは、刑務所に入ること、そして前科を持つことがいかに想像を絶することなのかというのがわかります。そんな著者が刑務所の自分の体験”獄窓記”を書くことによって再生していきます。
 また、この獄窓記という本が刑務所業界に大きな影響を及ぼしたようで、この本を契機に監獄法が変わり、刑務所のあり方も変わろうとしています。ペンの力はすごいなと感じた一冊です。獄窓記を読んだ人は是非とも読んでほしい一冊です。読んでない人はまずは獄窓記から。
(★★★★)

【ドイツ-グリーン・ツーリズム考―田園ビジネスを創出したダイナミズム】 鈴江 恵子
 グリーン・ツーリズムについて書いた論文を書籍化したもの。グリーン・ツーリズムとは都市部在住の市民が休暇を利用し農村に滞在して農業体験したり、緑に親しんだり、乗馬したりすることです。本著では主にドイツでの話が書いてあるのですが、地域によっては100%に近い農家がこのグリーンツーリズムを受け入れており、更に収入の半分以上をこのグリーンツーリズムから得ている農家が大半なのだそうです。
 ドイツのグリーンツーリズムも一朝一夕でそうなったのではなく、1970年代ごろから一部の農家が自宅の一部に受け入れるというかたちではじまり、政府が農業や農家の振興策としてこれを補助するようになります。今では、農家の敷地の一部に専用の宿泊施設を建てて、長期・短期滞在問わず受け入れるというかたちになっています。日本で言うところの民宿に近い形態かもしれません。
 こんなかたちの農業振興策があるとは気がつきませんでした。日本も見習ったらいいんではないかと思います。
(★★★)

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コラムyokoze「転職」

 新卒以来14年以上も勤めた会社ではありますが、遂に転職することにしました。理由はいくつもあるのですが、一番大きいのは会社の雰囲気が悪く仕事がつまらないことによります。私が新卒で入った会社は100人規模の中小企業でした。私は雰囲気の良い中小企業のリーマンになりたくてこの会社に入ったのです。以来12年間はいろいろあるにはあったけど、それなりに楽しいリーマン生活でした。

 しかしその中小企業はついに1500人規模の会社に飲み込まれるように吸収合併されてしまいました。仲間たちはチリジリバラバラに。そして続けてその大企業は更に合併をし3000人規模(関連会社も含めれば5000人規模)になってしまったのです。

 その大企業は私がいた中小企業とは似ても似つかない巨大ナマコのような会社でした。それまで私はハンコというものは年に一度、年末調整の書類に押すぐらいしか使わなかったのですが、この巨大ナマコでは毎日少なくとも20回はハンコを押しています。多い日は100回200回ということも珍しくありません。シャチハタというハンコが存在する意味をようやく理解した次第です(^^; ハンコ押すということは紙がたくさん回ってくるということです。いろんな紙にいろんなハンコが押してあります。その紙にハンコ押してちょっとした作業をして、また次の人にその紙を送ってハンコ押してもらいます。この会社では適切なハンコ欄に問題なくハンコを押す能力が要求されるのです。北斗神拳の秘孔を突くような作業です。
 ハンコが全部うまると完成でバインダーで閉じます。そう、これはスタンプラリーってやつですね。スタンプラリーというのはお子様が大好きな遊びです。いい大人がスタンプラリーして給料もらえるのだから実は私は幸せなのかもしれません(^^;

 しかし、幸せなことだけではありません。ジョウシと呼ばれる椅子にフジツボのようにへばりついている人たちがいます。彼らはスタンプラリーのチェックポイントなのですが、ときどきスタンプ経路を変えたり、スタンプの日付がおかしいと文句言ったり、書類の内容が不満だとスタンプを押してくれなかったりするのです。スタンプラリーは全部埋まらないと終わりませんから、フジツボの満足するように書類を直さなければなりません。これが実に困難ででつまらない作業なのです。
 フジツボの満足する書類というのは一見して何も問題がないようにみえるようなものです。逆に問題点を記載したりすると実に面倒なことになるので、何も問題がない書類を偽造します。問題ない書類を偽造し、上司にハンコをシュポッと押してもらえる人がこの会社では有能な社員なのです。内容についてはあまり関係ありません。どうせ1年後ぐらいには担当者は別の人になっていたり、計画がすっかり変わっているのですから、その場さえなんとかしのげばいいのです(^^;

 こんな会社にもう2年近くも勤めているというのが私にとっては脅威です(^^;

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新最近みた映画(98)

【愛の予感】 小林 政広
 小林 政広、渡辺 真起子。バッシングの小林監督の最新作。ロカルノ映画祭でグランプリを受賞しています。14歳の同級生(女)に娘を殺害された父親(小林)はその後どうやら離婚したらしく、苫小牧の工場で一人働いている。彼が投宿している宿で偶然、彼女の娘を殺害した子の母親と再会する。彼女はその宿でまかないの仕事をしている。
 単調な父親と母親の日常が画面に映し出されます。再開により変化が訪れるかと思いきや何も変わらない日々がすぎてゆく。けれどよく見ていると何かが微妙に違ってきている。
 バッシングもややマニア向けの映画でしたが、本作はもっとシニア向けの映画と言って良いでしょう。東京圏ではポレポレでしか公開してませんでしたがそれも納得(^^; しかし、これにグランプリをあげるというロカルノの鑑賞眼には驚きますね。
 本作、実はかなりの野心作で歴史に残ると言ってよい映画です。一般受けは全く考えておらず監督の撮りたい世界、伝えたい空気を撮っています。見終わってから、映画のシーンがよみがえってきます。何度も繰りかえされたように。
 我が家のりんどろ(4歳)もこの映画の世界に取り込まれてしまったようで、翌日から毎日卵かけご飯を食べるようになりました(^^;;
(★★★★☆)

【ミリキタニの猫】 リンダ・ハッテンドーフ
 ニューヨークのホームレス画家ミリキタニ氏のドキュメンタリー。911事件により、粉塵が街中にばらまかれ、路上で生活するのは危険な状態となった。かつてから、絵を買ったりと交流のあった監督のハッテンドーフが見るに見かねて、ミリキタニ氏を自宅に招き入れる。以来二人の共同生活がはじまる。
 ミリキタニはカリフォルニアで生まれ広島で育つ。戦前にアメリカにわたり、美術の先生などをしていたが日本とアメリカが戦争となり、日本人は強制収容所に集められる。彼はアメリカに政府に抵抗し、市民権を放棄する。以来、路上生活者として絵を書き続けていたのです。
 ナチスの強制収容所ばかり有名ですが、戦争が起きれば多かれ少なかれこういうことが起こってしまうのです。つまり、戦争ってのは何をもってしても起こしてはいけないということなのです。
 ミリキタニ氏はハッテンドーフと暮らし、社会参画の場を与えられることによりみるみると雰囲気が変わってきます。そして生き別れとなってしまっていた姉とも再会します。その様子は感動的ですらあります。ミリキタニは60年も路上生活をしていたぐらいですからむしろ普通の人より勤勉で、根性が座っていて、更に気力も体力も充実した人だったのです。
 タイトルの猫というのはミリキタニが好んで猫の絵を描くところからきます。ハッテンドーフとの出会いも猫の絵からで、彼女も猫を飼っています。911が無ければこの映画もなく、ミリキタニ氏も路上生活のままだったでしょう。不思議な運命もあるものですね。
(★★★★)

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読書な毎日(176)

【太陽通り―ゾンネンアレー】 トーマス・ブルスィヒ
 第二次大戦の敗戦により東西分断されたドイツが舞台。ベルリンにある太陽通り(ゾンネンアレー)は通りの一部分がなぜか東側になっていた。あとちょっとで西側だったからもしれない太陽通りの東側住民の話。15歳の青年ミヒャが主人公。みんなが憧れる彼女は西側の男とつきあっているようだ。そんな彼女に近づくため彼はダンス教室に入る。
 東側ではロックが禁止、移動も制限され、軍人やシュタージがうろうろしている。懲罰受けたら、党を賞賛する演説を全校生徒の前でしなければならない。ラブレターかもしれない手紙は国境の壁の間に飛ばされて、とれなくなってしまった。東側の人たちの様子をコメディタッチで描いています。
 こんな文学も統一されたから書けるのでしょう。東側、西側関係なく行き過ぎた中央集権はこうなってしまうんでしょうね。朝鮮も統一されれば、こんな文学を書く作家が登場することでしょう。
(★★★★)

【異文化としてのドイツ】 岩村 偉史
 ドイツ連邦共和国大使館に勤務する著者が書いた、ドイツの文化や社会、政治について書いた本です。ドイツというと近年は工業国ではあるけど環境先進国というイメージがあります。ドイツと日本はけっこう似ているところが多いと言えます。まずは、工業国であること。第二次大戦の敗戦国であること。自動車国であること。ケチでマジメであること。ところが全く違うところもあります。本当の意味での環境先進国であること。
 指標として、CO2排出量は京都議定書の1990年基準で言うとドイツは-18% 一方の日本は +14% と増えています。ドイツの労働者の労働時間は世界で最も少ないレベル。日本は非正規雇用が増える傾向にあり、過労死というものもある。ドイツは第二次大戦のことを反省している、と見られているが、日本は反省していないと見られている。
 著者はどちらかと言えば日本側に立って、ドイツのことを揶揄するような書き方をしています。まあ、著者は日本のお役人ですから仕方ないのでしょうが。
 日本の様々な法律はドイツの真似をかなりしています。あの介護保険制度というのもドイツの真似。しかし、ドイツのように機能してないように見えるのは、他人の芝生だから?それとも仏つくって魂入らずというやつかな?同じ京都議定書だってこの違いですから、運用する側の問題が大きいのでしょうね。
(★★★)

【“戦争責任”とは何か―清算されなかったドイツの過去 】 木佐 芳男
 読売新聞のドイツ特派員だった著者の本。1995年にドイツを中心に開催された、国防軍の犯罪展をめぐりドイツ国内は紛糾した。なぜならあの戦争の責任はナチスやヒトラーだけでは無かったという展示だったからだ。
 本著は私が知らなかった視点を提供してくれています。ドイツでは戦争責任というとそれはホロコーストの問題のこととなり、それが起こったのは”ヒトラーとナチスがすべて悪い”という具合になっているのだそうだ。ホロコーストというのは重要な問題ではあるが、戦争の1面であり他にも正規軍同士の戦いや、不当な捕虜の扱い、民間人の虐殺など戦争が起きれば起こってしまう問題がたくさんあった。しかし、それらはほとんどとりあげられることはなく、ナチスとヒトラーがスケープゴートとなってしまっているのです。また、ナチスというのは政党であり、その総統がヒトラー。そのヒトラーが国防軍を指揮していたのだから、ナチスと言った場合それは国防軍のことなのです。確かにナチス親衛隊というのもいたが、それはごく少数の集団で、戦争の中心では無かったのです。
 なぜ、ドイツの戦争責任があまり問われなかったかと言えば、第二次大戦後にすぐ冷戦となりドイツは分断されてしまったことが大きいと言えます。戦争責任を問うてる場合ではなくなり、再軍備が行われうやむやとなってしまったのです。
 しかし、このことについてドイツ人自身も気がついていない場合が多くだから、”国防軍の犯罪展”が大騒ぎになったのです。ドイツ人は先の大戦を反省しているのかと思っていたけど、むしろ平和教育では日本の方がしっかりやってるようなのです。そうとは知らなかった。
(★★★★)

【見えないアジアを歩く】 林 克彦、山本 宗補、佐藤真紀 他
 アチェ、カレン、ナガランド、チッタゴン丘陵、スリランカ北東部、チェチェン、イラクなど、一般の旅行客は行か(け)ない地域の旅行ガイド!? 1地域につきその土地に詳しい著者が解説しています。
 この本を読んで彼の地に実際に旅行に行く人というのは、ゼロではないかもしれませんがまずいないのでしょう。というわけで旅行ガイドという形式をとらなくても良かったんではないかなと思います。そうしなくともすばらしい面子の著者が揃ってるのですから。
 これら地域がなぜ見えないアジアかと言えば、政府に弾圧され外界と隔離されているからに他なりません。なぜ弾圧されるかと言うと、その地域に資源がある場合がほとんどです。彼らは独立を求めているのですが、資源も一緒に独立されては困るので政府は弾圧をするのです。現代とはとても思えない野蛮なことがこの隔離地域では行われています。
 ナガラランドとかチッタゴン丘陵なんてのは今まで聞いたこともありませんでしたがまだまだいろんな大変な地域があるものですね。さすがに今行きたいとは思えませんが、注目して平和が訪れるようにサポートしていきたいと思いました。
(★★★☆)

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