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私のパソコン履歴書~1代目MSX~パソコンとの出会い

 連載の第一弾から随分間が空いてしまい(なんと2年近く(^^;)ましたが、続けて書きますのでよろぴく。

Hb75_21代目>>>PCデータ
機種名:SONY HB-75
使用期間:1984~1986
イメージキャラ:松田聖子
購入価格:64800円
OS:MSX
CPU:Z80A 3.5MHz
メモリ:64KB
HD:なし
備考:キーボード一体型デスクトップ

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 私がはじめてPCを購入したのは中ニ(1984)のとき。当時は第一次パソコンブームと言っても良い時代で、パソコンと言えばNECのPC-8001 PC-6001 などのことを指していました。当時のパソコンは今と比べればオモチャのようなもの。仕事で使っていた人もあるでしょうが、パソコンをいじりたいからパソコンを買う人がほとんどでした。電気工作のラジオ少年の発展系みたいなものです。
 各メーカー毎で異なるOSを使っていて、それぞれで様式が異なりました。マウスは存在せず、すべてキーボードからのコマンドライン。主に使われていたプログラム言語はメーカー毎に方言があり互換性のないBASICで、パソコン少年達はこれを使ってゲームなどをつくったり、雑誌に掲載されているプログラムを入力したりして楽しんでいました。記憶媒体としてフロッピーディスクもありましたが主流はカセットテープ。今のパソコン使ってる人には想像もつかない世界でしょう(^^;

 私に転機が訪れたのは中ニのとき。世の中のパソコンブームを反映してか、私の通う中学にもマイコン部というのが設立されました。マイコンという言葉は今では死語となりましたが、当時はマイクロコンピュータを略してマイコンと呼びパソコンのことも指していました。また今は無くなりましたが月刊マイコンという電話帳のような雑誌があり、これはパソコン少年達の愛読書でもありました。
 そのマイコン部に私も入ったのですが、たいへんな人気の部で定員いっぱいとなっていました。顧問の先生が自宅から自分のPC8801をクラブの時間のたびに運び込み、子ども達は目を輝かしながらそのパソコンで組まれたプログラムが動くのを見ていました。パソコンは1台しかないので、生徒たちの一部はポケコンを持ち込んでそれでプログラムを組んでいました。ポケコンというのはポケットコンピュータの略で、電卓のおばけみたいなもの。BASICが動き値段は1万数千円という価格でカシオやシャープから発売されていました。このクラブでポケコンを購入することは義務ではなかったのですが、持っていないと他人のポケコンを見るか先生のパソコンを見るかしかありませんでした。そんなわけで私もポケコンが欲しくなったのです。親にそのことを話したところありがたいことに”どうせならパソコンを買ってあげる”となったのです!

 既にひねくれものだった私は(^^; メジャーなNECのPCは買いたくないと思っていました。雑誌を購入しPC売場に通い、どれを買うかいろいろ比較して結局決めたのはSONYのMSXパソコン。HB-75というPCでした。値段は正確に覚えていませんが64800円ぐらい。MSXというのは当時は1ソフト会社だったマイクロソフト(マイクロソフトが今のように巨大独占になったのはwindowsを発売してから)が開発した誕生したばかりの共通OS。当時はメーカー毎に異なるOSが使われているのが普通でしたがその垣根をとりはらう画期的なものでした。家電メーカーを中心に多数のメーカーが対応機種を発売しはじめていて、値段的にもNEC、富士通などのパソコンよりかなり安いものでした。
 このSONYのMSX PC 愛称HitBitはSONYも売る気があったようでイメージキャラに松田聖子を使い、”ひーとびとーのHitBit”という歌を聖子ちゃんに歌わせてTVスポットを流していました。ちなみに同時期に富士通はパソピアシリーズで横山やすしと息子の木村一八(暴力問題を起こす前(^^;)をイメージキャラに使ってました。

 MSXが発売されたほぼ同じ時期に任天堂があのファミコンを発売していました。私はゲームが目的では無かったので眼中にありませんでしたが、ゲームがしたい同級生たちはファミコンを購入していたようです。
 MSXの記憶媒体としてはファミコンのカートリッジのようなRAMカートリッジとカセットテープが使われていました。ハードディスクは存在していたのでしょうが、一般人が買うようなものではなく、当時は私もその存在すら知りませんでした。
 このMSXを使って私が何をしていたかと言えば1つは、当初の目的のBASICによるプログラミング。参考書や雑誌を何冊も買い、パソコンをいじっていました。しかし、この当時のパソコンの性能はいろんな限界がありました。色は16色程度で、ドットは荒く、漢字は出力されません。複雑な計算とか、グラフとか、簡単なツールみたいなものはつくれましたが、そんなに実用的なものはつくれません。パソコンの勉強をするためのパソコンみたいなものです。
 そして、もう一つの用途はやはりゲーム。当時ゲームはやはり5000円ぐらいしてましたので、そう買えるものではありませんでしたが、ゲーセンが我が家にやってきたようで興奮したものです。しかし、MSXのゲームはゲーム専用機のファミコンや、NECなどの上位機種のパソコンに比べればかなり劣るもので、ゲームが目的で無かったとはいえなんか悔しい思いをしたのを覚えています。とにかく、この当時は寝ても覚めてもパソコンでした。振り返ってみれば、これが今の職業(SE)に結びついてきているんですよね。

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